産業
みえのチカラ、産業の歩み
The Strength of Mie, The Journey of Industry
三重県の産業は、先人たちのたゆまぬ努力と挑戦によって築き上げられてきました。その歴史は、1959年(昭和34年)の四日市市での石油化学コンビナート本格稼働に代表されるように、日本の高度経済成長を支え、現代へと発展を続けています。
現在では電子デバイス分野で製造品出荷額が全国1位を誇り、半導体関連産業が集積しています。
また、自動車メーカーの工場をはじめ、関連部品の製造業など裾野の広い自動車関連産業が県内各地に集積しています。
三重県の強みは、こうした先進的な産業だけではありません。
地域の風土と歴史の中で育まれ、人々の日常生活と密着して営まれている伝統産業は、三重県の魅力を語るうえで重要な要素の一つです。
国指定伝統的工芸品に指定された「伊賀くみひも」「四日市萬古焼」をはじめとした、数々の伝統工芸品があります。
1893年(明治26年)には御木本幸吉が世界で初めて半円真珠の養殖に成功したように、豊かな自然に育まれた一次産業も大きな魅力です。
また、1882年(明治15年)に開設した日本初の公認海水浴場である二見浦海水浴場は、観光産業の発展に寄与しました。
松阪牛、伊勢えび、真珠といった質の高い産品は、地域の暮らしを支え、三重県の多様性を象徴しています。
しかし、その歩みは平坦ではありませんでした。四日市公害の過ちを繰り返さぬよう公害防止対策に積極的に取り組むなど、より良い産業のあり方を模索してきました。三重県の産業は、環境への負荷が少ない健全な経済の発展を図り、持続的に発展することができる社会をめざしながら、次の50年へ向けた発展を続けていきます。
年表
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1882年(明治15年)
日本初の公認海水浴場、二見浦海水浴場が開設される
日本初の公認海水浴場として誕生した二見浦海水浴場は、今も自然を楽しめる人気の憩いの場です。
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(写真提供:賓日館)
日本初の公認海水浴場、二見浦
二見浦海水浴場は、1882年(明治15年)に開設され、翌年には日本初の公認海水浴場に指定されました。大正天皇も幼少期に水泳の訓練を行った歴史を持ちます。当時は医療目的で冷浴と温浴を組み合わせる「浴治(よくじ)」が行われ、海沿いには旅館街が形成されました。
現在も夏季には海水浴場として開放され、家族連れを中心に人気があります。期間外でも海岸への立ち入りは自由で、豊かな自然を身近に感じられるスポットです。詳しく見る
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1893年(明治26年)
御木本幸吉が世界で初めて真珠養殖を始める
御木本幸吉が1893年(明治26年)に三重県鳥羽市で世界初の真珠養殖を開始し、日本の真珠産業発展の礎を築きました。
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(写真提供:ミキモト真珠島)
世界初の真珠養殖、鳥羽から始まる
1893年(明治26年)、御木本幸吉が三重県鳥羽市で、世界で初めて真珠の養殖を開始し、今や世界中で知られる日本の産業となりました。
当時、天然真珠は乱獲により絶滅の危機に瀕しており、御木本氏の挑戦は真珠の存続をかけた画期的な試みでした。彼は「世界中の女性の首を真珠で飾って御覧にいれます」と語り、その言葉の通り、真珠養殖は世界に広まり、真珠産業の発展へとつながっていきました。
この成功は、日本の真珠養殖と宝飾文化の歴史に大きな転機をもたらした出来事とされています。
(写真提供:ミキモト真珠島)
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1899年(明治32年)
四日市港が開港場に指定される
稲葉三右衛門の改修により基盤が整えられ、港は食料品から羊毛・綿花まで扱う輸入港として発展しました。
(写真提供:四日市市立博物館)
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1935年(昭和10年)
松阪牛、全国博覧会で名声を確立
松阪牛が東京芝浦の全国肉用畜産博覧会で名誉賞を受賞し、全国的な名声を得ました。
(写真提供:三重県観光連盟)
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1959年(昭和34年)~
四日市市で石油化学コンビナートが本格稼働
日本の高度経済成長を支える中で公害問題を経験し、のちにその教訓から環境と共に歩むまちづくりが始まりました。
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公害を教訓に、次代の産業を支える地へ
1959年(昭和34年)、四日市石油化学コンビナートが本格稼働し、日本のエネルギー革命の先頭をきる存在として日本の経済発展を支えました。人々の暮らしが豊かになった一方で、水質汚濁や大気汚染による住民の健康被害など深刻な公害が発生しました。1967年(昭和42年)に提訴され1972年(昭和47年)に原告全面勝訴となった四日市公害裁判の訴訟経過の中で、世の中の意識が、産業の発展優先から人の健康や環境を大切にしながら発展させようと変化していきました。
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1961年(昭和36年)
伊勢えびに感謝し豊漁を願う「伊勢えび祭」が開催される
1959年(昭和34年)の伊勢湾台風や津波で疲弊した浜島の再生を願って始められました。伊勢えびをはじめとする海の幸に感謝し、地域の豊漁と安全を願う今も続く伝統的なお祭りになりました。
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1988年(昭和63年)
世界で初めて伊勢えびの完全飼育に成功
この成功により、伊勢えびの本格的な栽培漁業(稚エビを放流し、成長してから漁獲する)の可能性が大きく切り開かれました