戦争
過去から学び、平和への想いを未来へつなぐ
Peace for the Future
三重県もまた、戦争によって深い傷を負った歴史があります。特に太平洋戦争末期には、津市と四日市市をはじめとする県内の各地域が、大規模な空襲に見舞われました。
津市では、空襲により市街地の中心部の約73%が焼失し、40,000人以上が犠牲※1となりました。また、四日市市でも市街地の約35%が焼失し、約800人の尊い命が失われました※2。空襲や食料不足などにより、自身や家族の命、生活の基盤を理不尽に奪われた人々がいたこと、戦後の復興に尽力された人々がいたことを私たちは決して忘れてはいけません。
2025年(令和7年)、戦後80年を迎えました。今もなお世界で戦争が起きている現実をしっかりと見つめ、過去の悲劇を教訓として心に刻み、平和への想いを次の世代につなぐために、私たちに何ができるのかを考えることが必要です。
出典元※1 津市史 ※2 四日市市史
年表
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1894年(明治27年)~
日清戦争
日清戦争とは朝鮮の支配権をめぐって日本と清国(中国)の間で起こった戦争です。
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1904年(明治37年)~
日露戦争
日露戦争とは日本とロシアの間で満州や朝鮮半島の支配権を巡って行われた戦争です。
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1914年(大正3年)~
第一次世界大戦
第一次世界大戦は同盟国(ドイツ、オーストリアなど)と連合国(イギリス、フランス、ロシア、日本、アメリカなど)の間で戦われた、人類史上初の世界規模の戦争です。
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1939年(昭和14年)~
第二次世界大戦
第二次世界大戦は、ドイツ・イタリア・日本などの枢軸国と、アメリカ・イギリス・ソ連・中国などの連合国が戦った、人類史上最大規模の世界戦争です。
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1941年(昭和16年)~
太平洋戦争
太平洋戦争とは、日本とアメリカ・イギリスなどの連合国との間でアジア・太平洋地域で繰り広げられた、第二次世界大戦の一部を成す大規模な戦争です。三重県内の各都市が空襲に見舞われ、市街地は焼け野原となり、多くの命が失われました。
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(写真撮影:太田金典)
戦争の教訓を未来に伝える
太平洋戦争中、三重県の四日市市や津市、宇治山田市(現在の伊勢市)、桑名市などは激しい空襲に見舞われ、街は炎に包まれました。多くの家屋が焼け落ち、街並みは一夜にして瓦礫と化し、多くの命と平穏な暮らしが失われました。逃げ惑う人々、燃え続ける街――その光景は、今も人々の記憶に深く刻まれています。
戦争は、人々の尊厳や築き上げた暮らしを奪い取っていきました。戦争体験者らをはじめ、私たちはこうして失われたものの大きさ、重みを語り継いでいくことが必要です。
(写真提供:亀山市歴史博物館所蔵)
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1945年(昭和20年)
終戦
日本政府は第二次世界大戦(太平洋戦争)でポツダム宣言を受諾し、無条件降伏しました。昭和天皇がポツダム宣言と日本の降伏を知らせる玉音放送を行った8月15日を「戦没者を追悼し平和を祈念する日」としています。
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2025年(令和7年)
戦後80年
2025年は戦後80年の年。三重県は、一人ひとりが平和を大切にする心を育み、未来に向けて、次の世代へ平和の大切さをつないでいきます。
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子どもたちの目に映る平和
戦争を実体験として語り継ぐことが年々難しくなるなか、三重県では戦争の悲惨さや平和の尊さを次世代へ伝えていくための多彩な取り組みを続けています。未来を担う子どもたちをはじめ、多くの県民の皆さんが平和について学び、考える機会を広げることを大切にしています。
2025年(令和7年)の戦後80年の節目には、中学生による合唱や高校生、戦争体験者らによるトークセッションなどさまざまな催しが行われました。次世代が中心となった取り組みを通じて、参加者同士が平和の大切さを共に考え、受け継ぐ場がつくられています。
そして、私たちはこれからも、戦争の記憶を風化させることなく、平和を大切にし、その想いを未来へとつないでいきます。
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